「墓じまい」 いつできたのか定かでない言葉ですけれど、私の記憶では15年ほど前から供養に携わる業界人の間で使われはじめたことばです。
また別の記事で詳述しますが「墓じまい」を正式(?)な言葉にすると「改葬」と言いまして、埋葬された御遺骨を別の場所に移すのが「墓じまい」の実際です。いまや検索すれば墓石店から「墓じまい」専門業社サイトまでにぎやかにモニターを埋め尽くしますが、厚労省で毎年出される統計データの改葬件数を見ると年々増加していますので、業者が増えるのも自然なことかと思います。
ではなぜ急に「墓じまい」の需要が増えたのか?その実態は潜在的需要が掘り起こされたのではないかと私は思います。
御遺骨を納める場所を選ぶ場合、住宅で例えるなら一戸建てと言える「〇〇家の墓」以外の選択肢が少なかった時代が近代以降続き、特に戦後墓石建立の需要が高まった時期にはマイホームを持つのが当たり前なのと同じ感覚で「〇〇家の墓」を建てていました。でも、その家族の行く末をよくよくみてみれば、子供世代がどこか遠い土地で生活基盤をつくっていたり、あるいはそもそも子供がいない、子供が別の家に嫁いでいるなどお墓を継承できない事情のオンパレードです。生きてる間の家族関係と故人への想いのグラデーションはあれど、多くの家族が、お墓の承継者が未定なのに「一戸建て」のお墓を建てていたと言えます。
いまでは、海に遺骨を撒く散骨や、マンション型のビル式納骨堂や、樹木葬式の永代供養墓など、「一戸建て」ではない、家族の事情にあわせて選べる「お墓」(≒御遺骨の行き場)のタイプが豊富にあります。こういった「お墓」の多様化が「墓じまい」に対する心理的ハードルを下げたことも需要が急増した一因ではないかとも思います。
「墓じまい」の増加と「お墓」の多様化は、由々しきことだという意見も散見されるものの、実際は、家族の体裁を墓地に残そうという形式的な行動がトーンダウンし、故人と自分とのプライベートな接点を求める「想い」がクローズアップされてきた結果でしょう。
そんな折に、3.11の避難所で着の身着のままで位牌だけ握りしめている高齢の女性の映像を私は目にしました。その時に当時墓石の会社をやっていた自分の中でずっとわだかまっていた想いがほどけました。こういう「お墓」がつくりたい。故人の分身(位牌/御遺骨)が私と一緒にいられて、時に公共空間では墓地のお墓のようであり、プライベート空間では仏壇のようであるようなものを。
そうしてできたのが「掌-たなごころ-」です。春日部の松田桐箱さん、遺骨ジュエリーのTOMONIさんの協力のもとで完成しました。御影石か大理石に戒名/俗名や好きな言葉を彫刻し、写真と共に折り畳めば手のひらに収まるサイズ。分骨した遺骨の小片を収納できるスペースも備えています。
自分が墓石の仕事からマイナーシフトしプライベート空間の供養をメインとした仕事を「hakalife/はからいふ」としてはじめるに至るきっかけとなった個人的にも思い入れのある品「掌-たなごころ-」。こちらのショップサイトから購入いただけます。
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