終活で人生をより豊かに。

シリーズ:仏教のひみつ第6回「禅の修行が目指すもの」〜修行生活を過ごして感じた、正直な感想。

シリーズ:仏教のひみつ第6回「禅の修行が目指すもの」〜修行生活を過ごして感じた、正直な感想。
お寺情報 全国
2019/03/20

 

前回までで、

「修行は特別なものではなく、日常生活を丁寧に務めていく中にある」

とお伝えしましたが、一方でシリーズ第3回で少し紹介した通り、修行道場で務める修行生活では、食べ物や環境などは非常に禁欲的であるという事も事実です。

 

食べ物は精進料理で肉や魚は一切出ません。

 

これは徹底していて目に見える食材はもちろん、味噌汁の出汁、調味料なども一緒で、鰹節やバター、牛乳や卵などの動物性食品は一切NGです(ちなみにダシは、シイタケや昆布などで取ります。

 

バターや牛乳の代わりにマーガリン、豆乳などを用います。植物でもニンニクやニラ、ネギなどは同じくNGです。理由は定かではありませんが、臭いの問題と「精」がつくことが修行の妨げになるからだと思います)。

 

またお酒も飲めませんし、テレビやラジオ、スマホやゲームなどもまったくありません。

外部との接触も厳しく制限されています(入門後約1週間は完全に外界との繋がりを絶ちます。その後もほぼ隔離された生活を送り、1か月以上たってようやく手紙のやり取りが許されるようになります。電話は最後まで禁止です)。

 

 

私にとっての修行とは、恋人とも友人とも離れ、好きな食べ物や飲み物、趣味や娯楽、それまで生きがいと感じていた研究生活からも離れた環境で、地味に地味に暮らす期間でした。

 

 

1年間の修行を終えた後・・・

1年間の修行を終えた後・・・

 

では、ここからが本題なのですが、こんな生活を1年間送って、何が変わったのでしょうか?

 

例えば、

もう肉や魚を食べなくとも良くなったと思いますか?

お酒は、飲まなくとも良くなったと思いますか?

研究に対するこだわりや執着はなくなったのでしょうか?

恋人も友人も、要らなくなったのでしょうか?

 

答えは×です。

 

1年間の修行を終えた後、結局何も要らなくなんてなりませんでした。

 

 

 

生きててよかった!!!

生きててよかった!!!

これ、永平寺から帰ってきたときの実感だったのですが、修行を終えて普通の社会に戻って、友人たちに「帰還祝い」をしてもらったときの嬉しさは、今でも忘れません。

 

修行前に通っていた居酒屋だったのですが、魚も肉も、お酒も美味しいし、彼女と会えて嬉しいし、友人と会えて楽しいし、生きててよかった!!!

というのが正直な実感でした。

 

そしてそれ以降、私は普通の人と変わらない生活を送っています。

研究生活に戻り、結婚もして子供もいます。

 

では、修行生活で私は、何も変わらなかったのか?と言えば、実はそうでもないのです。

 

修行生活で何が変わったのか、それは皆さんの人生にも大きなヒントになる話で、次回丁寧にお伝えしたいと思います。

 

 

 

宇野 全智(うの ぜんち)

昭和48(1973)年、山形県生まれ。山形大学理学部生物学科卒業。曹洞宗の布教師養成機関(現在の曹洞宗総合研究センター教化研修部門)修了後、大本山永平寺で一年間の修行生活を送る。曹洞宗総合研究センター研究員、職員等を経て現在、同センター専任研究員。曹洞宗の教えを分かりやすく伝えるための企画・開発を手掛け、曹洞宗の本部、各支部が主催する僧侶・寺族向け研修会の講師などを務める。また曹洞宗公式サイト「曹洞禅ネット」の企画運営や、一般向け各種講演会、研修会、坐禅会、写経会等の他、曹洞宗「こころの問題」研究プロジェクトリーダーとして、被災地支援活動、自死遺族支援活動にも関わる。

著書「禅と生きる ―生活につながる思想と知恵 20のレッスン 」など