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山形県山形市の「山岳信仰」とは

山形県山形市の「山岳信仰」とは
セカンドライフ 山形県
2020/10/10

山岳信仰は、自然環境に対して抱く畏敬の念、雄大さや厳しい自然環境に圧倒され恐れ敬う感情などから発展した宗教 形態に位置づけられています。

 

山形市は、蔵王や月山、湯殿山、羽黒山の出羽三山信仰の隆盛に伴う参拝者の拠点として賑わっていました。

 

また、自然への畏敬の念、万物の生命を大切にする心などその精神文化は、県民性にも表れていると言われています。

 

山形市ホームページより転載

 

 

 

龍山の開山と信仰

龍山の開山と信仰

 また、平安時代には、天台宗の開祖である最澄の弟子の慈覚大師円仁が、山寺に立石寺を創建(860年)したことはよく知られていることですが、同じ頃、円仁は西蔵王の一体である瀧山を開山したとも伝えられています。

 

瀧山信仰は、鎌倉時代に封山されますが、その後も市民から信仰・憩いの場として親しまれています。

 

瀧山から流れる河水によって、岩波・ 桜田・小立・青田・元木・飯田・成沢ほか多くの村々は稲作にいそしみ、水分(みくまり)の山神に対する信仰を温めてきました。

 

山形市ホームページより転載

 

 

 

信仰の山「瀧山」を訪ねる

信仰の山「瀧山」を訪ねる

平安時代以来の瀧山信仰の繁栄を示すものが数多く残されています。

 

山形市の鳥居ヶ丘に日本最古とされる 石鳥居「石造明神鳥居」があります。

 

瀧山参拝への入口であったとされ、 笠木・鳥木は一石からなり、古調あふれる堂々たる風格は、瀧山信仰の全盛期を物語っています。

平安末期から鎌倉時代にかけての貴重なもので、1952年国指定の重要文化財に指定されました。

 

中桜田地区には、中世より続いた瀧山信仰の寺院が散在しています。

 

西行法師が訪れたと伝えられる「瀧山寺」、瀧山大権現の祀られている「瀧山神社」が古木の中にあります。

 

「瀧山寺」は、1258年に瀧山閉山で追放された僧侶たちが、中桜田の桜神前に小堂を建て、瀧山大権現を祀ったのが始まりとされており、1790年に現在地に再建されました。

 

瀧山に関する古文書がたくさん保存されています。

 

龍山川に沿って登ると、西蔵王高原ラインにさしかかかる所で、信者たちが一息ついて喉を潤したであろう「阿弥陀清水」があります。

 

やがて、「瀧山大権現塔」を横に見ながら西蔵王放牧場をめざして歩い ていくと、「三百坊鳥居」があります。

赤石のこの鳥居は信者たちが瀧 山信仰の再興を願い1866年に建立したものです。

 

山頂をめざしてすぐに出会うのが「姥神」です。

「うばさま」とも呼 ばれています。

 

昔、瀧山は天台宗の聖地であり多くの僧が修行していましたが、女人は修行の妨げになるとの理由から、ここから先への入山が禁じられていました。

そこで、女人は、この姥神に祈願の仲介をお願いして下山したと言われています。

 

姥神を過ぎるとすぐに「慈覚大師御堂」があります。

お堂には「大師の石像」が祀られています。

 

山頂に着くと、薬師如来が安置されている「瀧山神社奥の院」があります。

平成23年6月に新しいお堂に改築されたものです。

 

山形市ホームページより転載

 

 

興味のある方は山岳信仰の町、山形市へ観光するのもおすすめです。

 

 

おまけ「草木塔のこと」

おまけ「草木塔のこと」

山形市在中「宗教学者」 千歳 栄 氏(NHKラジオ放送より)

 

立石寺で有名な山寺に、山形市が 数寄屋建築の山寺芭蕉記念館とその 隣接地に民間の方が山寺風雅の国という施設を建設した時に、私はその建築を担当させていただきました。

 

敷地に立っていた樹木のうち、どうしても切らなければならないので、 止むを得ず切った樹木が数本ありました。

その切った樹木の霊を供養したいと考え、施主の方にお願いして、草木塔を建立させていただきま した。

 

山形県には、草木の恵みへの感謝 と神秘への畏敬の念から草木塔を建 立する風土がありました。

 

この草木塔は、私たち山形県民の精神的モニュメントではないかと、私は思っております。

現代は科学技術が急速に発展しておりますが、その反面、自然破壊が地球規模で進み、自然を保全し、自然と人間との関わり方が非常に難しい時代であるだけに、草木塔の思想は、人間と自然が共生するための一つの示唆を与えてくれると思うのであります。

 

 

m.Handa

趣味は温泉めぐり。 北日本各地で店舗運営の経験を持つ。
このサイトの制作ディレクターでもある。

地域のマルシェ、イベントなどの企画や運営も行う。