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シリーズ「仏教のひみつ」
第13回:誰でもできる簡単な坐禅 その3 
心を「ととのえる」〜坐禅で「無心」になれますか?

シリーズ「仏教のひみつ」
第13回:誰でもできる簡単な坐禅 その3 
心を「ととのえる」〜坐禅で「無心」になれますか?
お寺情報 全国
2020/05/10

今回のテーマは「調心(心が調う)」です。

 

坐禅会の参加者から「なかなか無心になれません」「坐禅中、雑念が消えなくて困るのですが、どうすればよいのでしょうか」といった質問を受けることがよくあります。

 

「例えば、どんなことを考えてしまうのですか」と聞くと、

 

「時計や空調など、周りの小さな音が気になってしまう」

「仕事のことを思い出してしまう」

「ふと、お腹が空いたと思って、それがずっと気になってしまう」

「どうでもよい出来事を思い出し、それが頭の中をグルグル回る」など様々です。

 

そして、「せっかく坐禅をしているのだから、これではいけないと、聞こえないようにしよう、忘れよう、気にしないようにしよう、と頑張ってみるのですが、なかなかうまくいきません。

 

どうしたら良いのでしょうか」と相談されます。

 

 

坐禅の「聞こえないようにしよう」「感じないようにしよう」は間違い

坐禅の「聞こえないようにしよう」「感じないようにしよう」は間違い

よく誤解されるのですが、坐禅の修行を重ねても暑さ寒さを感じなくなることはありません。

 

またこれと同じく、耳に入ってくる音が聞こえなくなることもありませんし、空腹を感じなくなるということもありません。むしろ、じっと静かに坐っているわけですから、何かをしている時よりも敏感になっているといってもいいくらいです。

 

ここで、

「聞こえないようにしよう」

「感じないようにしよう」と考えると、

「聞こえないようにしようと一生懸命に考えている」という状態になってしまいます。

これでは本末転倒で台無しです。

 

そこで「なかなか無心になれない」という方には、こうお伝えしています。

 

「無になろうとすると、一生懸命に頭の中で「無になろう」と考える作業を生み出します。

その結果「無」という漢字が頭の中で大きく膨らんで、それに押しつぶされてしまうのです。

 

 

 

無になろうと考えるのを止めてみる。

無になろうと考えるのを止めてみる。

まずは無になろうと考えるのを止めてみてください」

 

「無心になろう」とすることは、例えるなら台所のボウルの中に、水が入らないようにと考える作業に似ています。

自分がボウルで、これに一滴も水が入らない「空っぽの状態」を保とうとするわけです。

 

しかし生きているということは、様ざまな身体感覚や思考、感情などが、どしゃ降りのように降り注いでいるということですから、いくら防ごうとしても水は漏れて入ってきます。

そもそも感情はボウルの内側で湧き出しているようなものですから、いくらボウルを密閉しても無駄です。

 

では、どうすればよいか。例えば、自分がボウルではなく、ザルだとしたらどうでしょう。

 

ザルであれば、いくら水が入ってきたとしても中に溜まることはありません。

上から入ってきた水は、ザルを通り抜けて流れ出ていきます。

蛇口の水をチョロチョロ出せば、水はチョロチョロ流れていきますし、沢山の水を勢いよく流せば、勢いよく流れ出ていきます。

例えどしゃ降りの雨の中であっても、ザルに水が溜まることはありません。

 

この感覚を、「無心になる」時のイメージに使います。

 

暑い時は「暑いなぁ」と、寒い時は「寒いなぁ」と、流し去っていく。

お腹がすいた時には「お腹がすいたなぁ」と、そのまま流し去っていく。

ただし、「お腹がすいたなあ」から、「では、この後どこでご飯を食べようか。何を食べようか」と考えるのは止めます。

 

思考の連鎖を一度断ち切って、そのままに流していきます。

 

入ってくるもの、浮かんでくるものを妨げるのではなく、「なぁっぱなし」で淀みなく流れていくことを妨げないようにするのです。

 

 

坐禅の具体的な作法は、曹洞宗が作った次のアニメーション動画をご覧ください。

https://youtu.be/k9n22Qc2S4Q

 

筆者の過去の記事

・シリーズ「仏教のひみつ」第1回:誰でもできる簡単な坐禅 その2 呼吸を「ととのえる」〜静かに、ゆったりと呼吸することが「穏やかな心」につながる

・シリーズ「仏教のひみつ」第11回:誰でもできる簡単な坐禅 その1身体を「ととのえる」〜人生を調える第一歩は、身体を調えることからが始まる。

シリーズ「仏教のひみつ」第10回:坐禅を通じて理想の姿勢を考える外側から見る「整う」から内面で感じる「調う」へ

・シリーズ「仏教のひみつ」第9回:人生は張り過ぎず、緩めすぎず 〜お釈迦さまと坐禅

・シリーズ「仏教のひみつ」第8回:坐禅って、厳しいんですか?

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・シリーズ「仏教のひみつ」第3回:禅の修行が目指すもの〜修行道場のリアルな1日

・シリーズ「仏教のひみつ」第2回:禅の修行が目指すもの〜あなたは一体何者ですか?

・シリーズ「仏教のひみつ」イントロダクション

宇野 全智(うの ぜんち)

昭和48(1973)年、山形県生まれ。山形大学理学部生物学科卒業。曹洞宗の布教師養成機関(現在の曹洞宗総合研究センター教化研修部門)修了後、大本山永平寺で一年間の修行生活を送る。曹洞宗総合研究センター研究員、職員等を経て現在、同センター専任研究員。曹洞宗の教えを分かりやすく伝えるための企画・開発を手掛け、曹洞宗の本部、各支部が主催する僧侶・寺族向け研修会の講師などを務める。また曹洞宗公式サイト「曹洞禅ネット」の企画運営や、一般向け各種講演会、研修会、坐禅会、写経会等の他、曹洞宗「こころの問題」研究プロジェクトリーダーとして、被災地支援活動、自死遺族支援活動にも関わる。

著書「禅と生きる ―生活につながる思想と知恵 20のレッスン 」など