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シリーズ「仏教のひみつ」
第10回:坐禅を通じて理想の姿勢を考える
外側から見る「整う」から、内面で感じる「調う」へ

シリーズ「仏教のひみつ」
第10回:坐禅を通じて理想の姿勢を考える
外側から見る「整う」から、内面で感じる「調う」へ
お寺情報 全国
2020/04/20

「調身(ちょうしん)」は、坐禅を指導するときに一番初めに教える基本中の基本です。

静かに足を組んだら、まず初めに「調身」、つまり姿勢をととのえることが大切です。

 

しかし、この「ととのえる」という言葉が実に伝わりにくいのです。

 

坐禅を初めてされる方に「姿勢をととのえて下さい」と話すと、腰をぎゅっと入れて、背筋をピンと伸ばして、とても格好の良い姿勢を取ろうとします。

 

そしてこう言います。

「私の姿勢はきれいですか」

「どのぐらいきれいになってますか」

「どこをどう直すともっときれいになりますか」。

 

でもこうした姿勢は、見た目には美しいのですが長い時間の坐禅には向きません。

 

 

 

坐禅の姿勢、見た目の美しさは関係ない

坐禅の姿勢、見た目の美しさは関係ない

「見た目の美しさは関係ない」という言い方は、坐禅の知識が少しでもある方は意外に思うかもしれません。

 

実は私も、勘違いをしていた時期が長くありました。

 

鏡を見ながら姿勢を直し、いかにきれいに、かっこよく坐るかを研究したりしました。

また、「あの人は坐相(ざそう)が良いねえ」という褒め言葉があるくらいでしたから、修行僧同士もある意味競って姿勢の良さを追求したものです。

 

しかし、これがやってみると全く落ち着かず、気持ちの良い穏やかな坐禅にはなりませんでした。腰は痛くなるし、肩は張ってくるし、上体はぐらつくしで、どうにも定まりません。

 

そんな時、ある坐禅指導のスペシャリストが教えてくれたのが、筋肉を使わずに、骨格だけでバランスよく坐るという考え方でした。

その先生は、身体的に異なる特徴を持つ欧米人にも無理なく坐禅をして頂くことを長年研究してきたお坊さんで、坐禅堂に骨格標本を持ち込んで、「みなさんの身体の中の骨格を、バランスよく調えて下さい」と指導されていました。

 

 

 

坐禅の姿勢、バラバラが当然

坐禅の姿勢、バラバラが当然

教えて頂いたことを実際にやってみると、それまでとの差は歴然で、私も無理なく、自分の身体にあった姿勢を見つけることが出来ました。

 

以来私も「外から見てどうなのか、ではなく、自分にとってバランス良く調和しているのかを自分自身で丁寧に確認して下さい」と指導するようにし、本人が希望しない場合にはあまり姿勢に手を加えないようにしています。

 

ですから、私たちが行なっている坐禅会の方々は、姿勢は一見バラバラです。

体型や年齢、性別が違うのですから、バランスがとれる位置も変わって当然です。

 

もし参加者の方から姿勢について聞かれたときには、「あなたはどう感じていますか?もし無理がかかって痺れたり痛かったりする箇所があるのならおっしゃってください。それを解消する方法を一緒に考えましょう」と言うようにしています。

 

理想の姿勢を考える上で大切なのは、身体を緊張させすぎず、けれども緩めすぎず、全身が調和することをイメージすることです。

 

宇野 全智(うの ぜんち)

昭和48(1973)年、山形県生まれ。山形大学理学部生物学科卒業。曹洞宗の布教師養成機関(現在の曹洞宗総合研究センター教化研修部門)修了後、大本山永平寺で一年間の修行生活を送る。曹洞宗総合研究センター研究員、職員等を経て現在、同センター専任研究員。曹洞宗の教えを分かりやすく伝えるための企画・開発を手掛け、曹洞宗の本部、各支部が主催する僧侶・寺族向け研修会の講師などを務める。また曹洞宗公式サイト「曹洞禅ネット」の企画運営や、一般向け各種講演会、研修会、坐禅会、写経会等の他、曹洞宗「こころの問題」研究プロジェクトリーダーとして、被災地支援活動、自死遺族支援活動にも関わる。

著書「禅と生きる ―生活につながる思想と知恵 20のレッスン 」など