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シリーズ「仏教のひみつ」第9回:
人生は張り過ぎず、緩めすぎず 
〜お釈迦さまと坐禅

シリーズ「仏教のひみつ」第9回:
人生は張り過ぎず、緩めすぎず 
〜お釈迦さまと坐禅
お寺情報 全国
2020/04/15

前回は、坐禅の大切な要が「3つの調う(ととのう)」にあるとお話ししました。

 

「禅の修行」というと厳しく辛いものを想像する方が多いのですが、坐禅の「調う」の正しいイメージは「バランスよく調和している」ということです。

 

今回は、そもそも仏教がどのように生まれたのか、お釈迦さまの伝説からお伝えする中で、そのイメージを共有したいと思います。

 

 

 

お釈迦さまは金持ちのボンボン息子?

お釈迦さまは金持ちのボンボン息子?

今から2500年前、古いインドの王族の家に後継ぎとして生まれたお釈迦さまは、少年時代を何不自由のない環境で過ごしました。

季節ごとに別々の宮殿を持ち、最上級の織物で作った服を纏い、欲しいものは何でも手に入る環境の中で、たくさんの召使いに囲まれて育ちました。

 

今風にいえば「金持ちのボンボン息子」という感じでしょうか。

 

お釈迦さまは、この環境で生涯を送ることを選びませんでした。

どんなに裕福な生活も、いつかは終わりの日が来る。誰しもが老い、そして死んでいかなくてはならない。

贅沢な暮らしをすればするほど、終わりの日は恐怖となり、自分を不安に追い込むのだと気づいたからでした。

 

お釈迦さまはたった一人の家来を連れてお城を抜け出し、修行の生活に入ります。

その修行は想像を絶する苦行で、何日も食事を断ち、逆さづりや水中で呼吸を止める修行など、仲間の多くが死んでしまうような壮絶なものでした。

頬はこけ、骨と皮ばかりになっても苦行を続けましたが、何年続けても、お釈迦さまの心に安らぎが宿る事はありませんでした。

 

楽器の弦は、緩めすぎず、張りすぎず、ほど良い張りが良い音が出る

楽器の弦は、緩めすぎず、張りすぎず、ほど良い張りが良い音が出る

ある日のこと、近くを吟遊詩人が通りかかりました。そして、こんな意味の歌を歌いました。

 

「楽器の弦は、緩みすぎると音が出ない。でも、強く張りすぎると切れてしまう。緩めすぎず、張りすぎず、ほど良い張りで奏でよう」

 

その歌を聞いてハッと気づいたお釈迦さまは、それまでの苦行を捨て、身体を洗い清め、スジャータという村娘がくれた乳粥で身体を癒し、静かに坐禅を始めました。

 

そして坐禅を始めてから8日目の朝に、ついに悟りを開いたのです。

 

お釈迦さまにとっては、王族としての贅沢な暮らしも、反対に極端な苦行生活も、正しい生き方にはつながりませんでした。張りすぎず、緩めすぎず、バランスよく身体を調えることで初めて心が調い、悟りを実現することが出来たのです。

 

これこそが、坐禅の「調う(ととのう)」のイメージです。

宇野 全智(うの ぜんち)

昭和48(1973)年、山形県生まれ。山形大学理学部生物学科卒業。曹洞宗の布教師養成機関(現在の曹洞宗総合研究センター教化研修部門)修了後、大本山永平寺で一年間の修行生活を送る。曹洞宗総合研究センター研究員、職員等を経て現在、同センター専任研究員。曹洞宗の教えを分かりやすく伝えるための企画・開発を手掛け、曹洞宗の本部、各支部が主催する僧侶・寺族向け研修会の講師などを務める。また曹洞宗公式サイト「曹洞禅ネット」の企画運営や、一般向け各種講演会、研修会、坐禅会、写経会等の他、曹洞宗「こころの問題」研究プロジェクトリーダーとして、被災地支援活動、自死遺族支援活動にも関わる。

著書「禅と生きる ―生活につながる思想と知恵 20のレッスン 」など